浜田知明 死去 死因は老衰 100歳で戦争の悲惨さを表現し続けた版画家・彫刻家だった

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戦争の悲惨さを表現し続けた版画・彫刻家の浜田知明(はまだちめい)さんが17日老衰のため熊本市の病院で亡くなったそうです。

ご冥福をお祈りいたします。

100歳まで生きた方として、ネット上では悲しみの声が広がっています。

 

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浜田知明(はまだちめい) プロフィールは?

  • 名前:浜田知明(はまだ ちめい)
  • 生年月日:1917年(大正6年)12月23日
  • 没年:2018年(昭和30年)7月17日
  • 職業:日本の版画家・彫刻家。

日本の版画家が国際的に注目されはじめたのは1950年代から。

浜田知明さんは、棟方志功、浜口陽三、駒井哲郎らと並び、第二次大戦後の日本を代表する版画家の一人として知られています。

年齢は100歳だったそう。

 

浜田知明 死去の報道詳細は?

 戦争の悲惨さを表現し続けた版画・彫刻家の浜田知明(はまだ・ちめい、本名ともあき)氏が17日午前1時25分、老衰のため熊本市の病院で死去した。100歳だった。

葬儀は19日正午から熊本市中央区河原町23の豊住葬祭で。喪主は長女宏子(ひろこ)さん。  熊本県生まれ。1939年、東京美術学校(現東京芸術大)を卒業後、召集。歩兵として中国に渡った経験をモチーフに戦後、銅版画「初年兵哀歌」などの連作を発表。銃口を自分の喉元に当てる兵士を描いた「初年兵哀歌(歩哨)」は56年、スイスのルガノ国際版画展で次賞に輝いた。

その後も社会風刺をこめた「群盲」や核の恐怖を表現した「ボタン(A)」「ボタン(B)」などの作品を制作、彫刻も手掛けた。79年にはオーストリアのアルベルティーナ国立美術館で展覧会を開催、89年にはフランス芸術文化勲章シュバリエ章を受けた。 

出展:https://headlines.yahoo.co.jp

 

 

浜田知明 死去 死因は老衰 100歳で戦争の悲惨さを表現し続けた版画家・彫刻家だった

ネット上では悲しみの声が広がっています。

●浜田知明さん。知らなかった。
ニュースをみて知った。亡くなってから知るなんて、、
書籍あさろう。

 

●相応しくないかもしれない事を承知で呟くものの、私の中では「巨星堕つ」「大往生」とみています。合掌…

 

●この度亡くなられた浜田知明さん。この展示に行かなかった たくさん拝見できる機会だったのに後悔 

 

●浜田知明氏が亡くなったとのニュース。とても悲しい。心からご冥福をお祈りします。

 

●恥ずかしながら、浜田知明さんがまだご存命だったと知らなかった。
「初年兵哀歌」は胸を打つ作品でした。
ご冥福をお祈りします・・・

 

●浜田知明先生、見覚えある名前だなーと思ったら授業で習ったし確か展示会も行ったような……。ご冥福お祈り申し上げます。 

 

●ありゃー。浜田知明さんがお亡くなりですか。版画してたとき、かなり衝撃を受けましたのですよ。100さい。また作品を見たいなぁ。 

 

●流政之より浜田知明の方が「まだ生きてたんだ」感(失礼)が強いと思ったら、享年浜田さん100才、流さんは95才だった。浜田の銅版画「初年兵哀歌」シリーズはかつて美術の教科書にも載っていたけど、今はどんな教科書になってるのかな。 

 

●浜田知明さんの訃報。元日本兵で、中国で見た戦場を彫刻として、残し続けていた。3年前、朝日新聞で戦争体験を取材させていただいたとき、「人間は忘れっぽい」という危機感や、「人間の良心とは何なのか、考えてほしい」と話されていたのを忘れない。ご冥福をお祈りします。

 

●戦後を代表する版画・彫刻家の一人で、戦争の残酷さと人間の不条理をユーモアと批判精神を込めて表現し続けた浜田知明さんが、老衰のため入院していた熊本市内の病院で死去。100歳。 と7/17(火) 12:40 にYahoo!ニュースが伝えています 

コメントをどうぞ

  1. くぁ より:

    没年:2018年(昭和30年)7月17日は間違いではないですか?