梅ジャム 製造終了の理由は?『体力の限界』で創業70年で引退

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『梅ジャム』というのはご存知でしょうか?

梅ジャムは1947年に発売された梅の花本舗の駄菓子で、梅肉に砂糖やでんぷん、小麦などを加えて煮詰めたペースト状の駄菓子のことです。小さいころによく食べていました。

そんな「梅ジャム」が、2017年12月をもって製造を終了したそうです。

 

詳しく見ていきます。

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梅ジャムとは?

梅ジャム(うめジャム)は、日本の駄菓子の一つで、梅肉(梅干しの果肉部分)を用いたジャム。梅干しを潰して水で溶き、甘味料・着色料などを加えて作られています。

商品は透明な子袋に入っていて、商品化されたのは戦後間もない1947年の頃。

当時流行した紙芝居の時に売られており、その後駄菓子屋さんに定番の人気商品として扱われていました。

※梅ジャムの定価はは10円です

 

 

梅ジャム 製造終了の理由は創業者の体力の限界?

70年にわたって多くの人に日本の代表的な駄菓子の一つとして知られてきた『梅の花本舗』の『元祖梅ジャム』が2017年12月をもって製造終了となりました。

その理由としては、唯一の作り手である社長の高林博文(たかばやしひろふみ)さんが体力に限界を感じ、創業70年の節目に引退・廃業したことにあります。

引用:リクナビNEXT

高林博文さんは60年以上も一人で梅ジャムを作り続けてきたことでも有名。

当時は昭和22年の秋で高林さんは16歳だったとか。

 

梅ジャムに関して、製造の後継者となる人を作っていないんだそう。

後継者を作らない理由に関しては以下のように語られています。

「私は国民学校の出身ですが、戦時中は勤労奉仕があり、小学校6年までしか勉強していません。そんな私でも梅ジャムを世に広めて、地域社会にも貢献してきました。ですから、息子たちが中学生のころに、『そんな父以下にはなるな。自分で道を切り開け』と言ったのです」

引用:リクナビNEXT

フル稼動の時代でも、子どもたちに手伝いを頼まなかったそう。

自分で道を切り開いて新しいものを作ってほしかったんでしょうね。

 

 

高林博文さんは87歳と言うことでかなりの高齢。

さらに、その一人で『梅ジャム』を作り続けるためにずっと現役で働き続け、身体も痛めてきたとか。

高橋さんのコメントは以下となっています。

「5回も関節などを手術したりして、体を痛めてしまいました。機械もボロボロになって、すでに解体しています。少子化で問屋さんも取引を止め、駄菓子屋もなくなりました。頑張ってきたが、もう売れないんですよ。時代の流れには勝てないので、70年を区切りに止めることにしました」

引用:http://news.livedoor.com

 

 

終わりに

現在では、Amazon等のネット販売を始め、ほとんどの販売されている梅ジャムが在庫限りとなっていて、売り切れになるところが続出しているとか。

今後、大手メーカーが製造を続投する可能性もあるかもしれませんが、現状ではまだ未定となっています。

高林さんが82歳の頃には梅ジャムは『命』だとし、当面は作り続けるとしていました。

いまだに根強い梅ジャムファンは(作り続けることを)やめないでほしい、続けてくれ等の声があったそうですが、2018年になり、駄菓子離れが続き、売れなくなってしまったんですね。

小さいころにたくさん食べていたので、すごく残念な気持ち。

今後再生産されることを期待したいです。

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