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須田哲夫アナ 葛藤で真相を暴露?認知症の介護のベストな形とは?

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須田哲夫アナ 葛藤が注目されています

フジテレビの一時代を築いた須田哲夫アナウンサーが「認知症母 介護の日々」と報じられたのは2016年9月でした。

須田さんは父親を亡くした後、母親は特別養護老人ホームに入ることができました。

しかし認知症の母親を見ていると、もっと他の方法があるのでは、と思い悩んでしまうようですね。

 

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須田哲夫アナ 葛藤で真相を暴露?認知症の介護のベストな形とは?

フジテレビの須田哲夫アナウンサーの認知症の母親は、特別養護老人ホームに入っているようです。

母親の暮らしぶりを見て、「これがベストだとはおもっていない。どうすればいいのか、いま探っている」と須田さんは葛藤している様子だったようです。

高齢者のおよそ6割が自宅で最期を迎えることを希望している一方で、実際は8割が病院で亡くなっています。

高齢の親が暮らすべき場所とは、介護側が安心して預けられる場所とは、一体どこなのでしょうか。

ネットで大きな反響を呼んでいます。

 

フジテレビの須田アナウンサーは、もう71歳になられていたのですね。

認知症の介護は、本当に大変なことだと思います。

この先どうしていったらいいのか、という人も多いです。

 

 

 

 

 

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須田哲夫アナ 葛藤の報道の詳細

今回の報道の詳細はこちらです。

フジテレビの一時代を築いた須田哲夫アナウンサー(71)。小学校(1990年代初頭)から帰宅してテレビをつければ、ブラウン管の中に午後のワイドショーの司会をつとめる須田アナウンサーがいる姿は、私にとって日常そのものだった。

その彼が週刊誌に「認知症母 介護の日々」と報じられたのは2016年9月。その翌年には「介護難民危機」とも書かれた。

かつて、優しくもキビキビとした指導をしてくれた彼からは、高齢の母親を抱え困り果てる姿が想像できず、ずっと気にかかっていた。

それから数年。高齢者介護の実態を記事として書かせてもらえないかと、もはや何年振りかわからない電話を彼にかけたところ、全く想像をしていなかった意外な事実を知ることになった。

週刊誌報道はまったく不本意

週刊誌に載った「母親の車いすを懸命に押す須田アナ」の写真は、すれ違いざまに車の中から隠し撮りされたものだった。

その後の直撃取材も「介護難民」という「ワードありき」の取材だったのではないか、と須田さんは疑問を感じていた。

その理由に至る経緯を教えてくれた。

両親は東京・23区内の2階建て住宅の実家で弟家族と暮らしていたのだが、いまから7年ほど前、ガスコンロをつけっぱなしにするなど軽い認知症の症状が母親に出始めた。その後、父親の心臓の持病が悪化し入退院を繰り返すようになるなかで、今度は母親が自宅で転倒し脚の付け根を骨折、自力で歩くことが難しくなっていった。

母親はその後、夜中に自力でトイレにいこうとして、転倒。大きな音におどろき、2階で暮らしていた弟夫婦は飛び起きて助けに行った。そのようなことが何度かあるなかで、弟夫婦と娘は心配で安眠できなくなっていった。

自宅の各所に手すりをつけるなどバリアフリー化をすすめ、ガスコンロも電気式にするなど、弟家族はどうにかして一緒に暮らそうとしていたのだが、須田さんは限界が近づいてきていると感じた。弟と相談したところ、施設に預けることがすぐ決まった。

彼は、一緒に暮らしている弟からは切り出しにくいだろうと思い、自ら両親を説得した。その日、母親は「イヤだ」と拒否したものの、一日かけて話し合い、施設に入ることに同意した。

ケアマネージャーに相談し、2015年12月に見つかったのが夫婦同室で過ごせる「介護老人保健施設」だった。施設はリハビリを重視し、3か月での退所を目途とするところだったが、杓子定規に追い出すようなことはなく、施設側ときちんと話し合いができていた。

2人仲良く暮らす中、翌春に父親が亡くなり、その後、母親がひとりで暮らすようになった。

週刊誌報道はその年の秋だった。報道では“行く当てがない老婆を介護する須田アナ”という流れになっていた。彼は、自身もこれまで数えきれないほどのインタビューをしてきた身だからこそ、不意の直撃とはいえきちんと応じなければと思い、広報から「話しすぎです」と怒られるほど真摯に取材に答えた。しかし、彼が語った“事実”とは少し異なる報道になった。

私が記事から感じた「介護難民化への危惧感を持つ須田さん自らが発した情報」という印象は、彼の本意とは裏腹のものだった。

ただ、もっとも彼を悲しませたのは、目立つことを極端に嫌っていた母親が、自分に知名度があるがゆえに隠し撮りされ、週刊誌に掲載されたことだった。

以後、須田さんは母親に関する取材は一切受けないと決めた。

経緯をなにも知らない私が電話をかけてから二か月半後。
彼は「自分でもどうしていいか答えが見つかっていないから、最初、森下の取材は受けられないとおもった」と、こうした経緯からいまにいたる、すべての思いを話しはじめてくれた。

 

「非日常をつくることがいいのでは」と介護担当の人にアドバイスされた須田さんは、ホームのスタッフに「母に何かをさせてください」と訴える一方で、はじめの一年は、車いすを押して頻繁に散歩やホームの屋上に連れ出した。何日も、何日も、一緒に歌をうたった。

母親は月に1、2回あるバイキング形式の食事や、地域の保育園児が来るイベントにも楽しそうに参加していた。 

ただ、おそらく、それらは一時の解決にすぎず、根本的な物事の解決にはなっていないのだろう。 

「これがベストだとはおもっていない。どうすればいいのか、いま探っている」と須田さんは柔和ないつもの顔とは異なる険しい顔で、何度も語った。

ホームのおかげで、お互い安心して生きていける。

しかし、自分を生み育ててくれた母親が、いつ最期を迎えてもおかしくない歳になったいま、この状況で日々、心から幸せに暮らしているのか、という疑問や不安を、ホームのリビングの机に突っ伏す母親の背中から感じとったのだろう。

ただ、ほかに現実的な選択肢がないから答えがみつからない。

「お荷物になっていると自分が感じたら嫌。人間として生きていく尊厳を感じていたい」と、自らも高齢者になることで感じるようになった須田さんは、例えば、ひとりひとりのこれまでの長い人生のバックグラウンドに合った生活を、専門的にアドバイス・提供できる環境があれば、と願っている。

そう願いながら、きょうもホームに自転車で通い、母親の手を握る。

すると、母親はこういって笑顔をみせる。

「あなたの手、やわらかいのね」

そして、その日のうちに、母親は須田さんがきたことを忘れていく。

高齢者の8割が病院で亡くなる現状

厚生労働省の調査によると、高齢者のおよそ6割が自宅で最期を迎えることを希望している一方で、実際は8割が病院で亡くなっている。

この差は、在宅医療を専門とするクリニックの増加などにより徐々に埋まりつつあるものの、福祉がすすむスウェーデンやオランダでは、病院で亡くなる割合は4割前後。のこりのほとんどは、ナーシングケア付き住宅か自宅である。

特にスウェーデンでは、日本の市町村にあたる「コミューン」とよばれる各自治体が高齢者福祉に責任をもち、専属の介護士が一日に何度か住まいを訪ねることで、独り身でも認知症でも9割の高齢者が自宅で過ごすことを可能とする、在宅介護体制が整っている。

日本は医療技術の進歩などにより、世界一高齢化率が高い。これからの時代は、たとえば「安心」のほかに、介護をする側もされる側も満ち足りた日々を過ごすことのできるような、多様な介護の選択肢が求められているのではないだろうか。

出展:https://headlines.yahoo.co.jp

報道の内容を簡単にまとめると

  •  フジテレビの一時代を築いた須田哲夫アナウンサーが「認知症母 介護の日々」と報じられたのは2016年9月。
  •  父を失い、母は特別養護老人ホームに入ることができた。
  •  「これがベストだとはおもっていない。どうすればいいのか、いま探っている」と須田さんは葛藤している様子。
  •  高齢者のおよそ6割が自宅で最期を迎えることを希望している一方で、実際は8割が病院で亡くなっている。

のようですね。

 

 

 

 

 

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須田哲夫アナ 葛藤の画像や動画は?

須田哲夫アナ 葛藤の画像や動画を掲載しておきます。

 

認知症介護の、理想的な寄り添い方は、とても難しい物ですね。

これから、さまざまな寄り添い方ができるようになるといいですね。

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須田哲夫アナ 葛藤にネットの反応は?

ネットの反応を集めてみました。

 

須田さんの悩ましい気持ちは良く分かります。たぶん、理想とする施設介護を実現しようとすれば、数千万円かかる有料老人ホーム利用となるでしょう。理想とする自宅介護をしようとすれば、それなりの財力の他に、家族は相当の覚悟が必要です。
老健施設に長く勤めて思います。どうぞ私たちプロに頼って下さい。そして、私たち介護者があなたの家族を大切だと思うように、入所している家族を大切に思って下さい。家族の皆さんが大切に思って接している姿を間近に見ると、介護者だって同じ気持ちになるのですよ。
自宅介護を経験した私は、施設介護だって大切だとおもいます。

施設に入っていても、そうやって頻回に会いに行ってあげられているのなら、お母さんは幸せだと思います。在宅も家族と一緒で幸せかもしれませんが、家族に負担がかかってしまうのなら、施設の方が良い事もあります。あとはお金の問題ですね。定期的にショートステイとかに預け、介護したり、息抜きしたりする方法もあります。
一番正しい方法は一つだけではないと思います。
明日は我が身です。他人事ではないですよね。

在宅の介護士しながら親の介護もしています。
在宅の現場は、施設以上に疲弊しているのが現状です。1日八時間近くケアに入っても、報酬は給料とガソリン代、車の維持費ですっ飛び赤字。
給料も手取り18万が当たり前、単価の高い身体介護は、自宅で入浴出来なくなればデイへ。排泄に問題が生じれば施設へといった流れが主流になりつつあります。
また、今まで支えてきた家族も、ヘルパーが入るとなると、週二回来ていたのが週一回に、そして月一回に……と、段々遠退いていきます。
往診医、ケアマネ、ヘルパー、家族の連携が特に大切だなと昨今は考えるばかりです
経験上、その連携がスムーズだと在宅も少し長く行えているように感じています。
壁や上下関係を意識しない、何でも話せるフラットな医師看護師、臨機応変に動けるケアマネ、ヘルパー。そういった関係性を国はもっと重視して欲しいです。

認知症を患っていた母を老人ホームに入れて8年間お世話になりました。最初はまだらボケ状態だったので入居時には自分がここで死ぬまでいなければならないことに気がつき、3階の自室のベランダの柵を乗り越えて飛び降り自殺しようとしました。
最初の3年はお正月に家に帰していましたが、3年目の大晦日の夜、母が荷物を持って「おうち帰る」と言い出しました。もうこの時には、自分にとって家とは施設の方だったんでしょう。

施設に入る前には5年ほど自宅で面倒を見ていたけど、母の場合は人格破壊がすごかったので本当に大変でした。施設に入ったら人格破壊はなくなりました。

最後の2年は何もわからない上に、異常行動を起こしていたので、施設に行っても母に会わないで帰ってきました。亡くなってから写真を送ってもらったら、家では見せたことがない笑顔でした。

私は母を施設に入れて良かったと思っています。自己満足かもしれませんが。

長男の嫁60代です。義父が亡くなって20年、一人になった義母を世話してきました。亡くなった時は義母は69才でしたが、健康体であるにもかかわらず体の不調を訴え続け、夫と妹も仕事を理由にかまわないので、私だけで面倒を見てきました。頼られて苦痛を感じていました。私もパートで働いています。同居ではなかった間はまだ良かったのですが、80才になって同居してからは神経質で細かく気を使われるのと、毎日不調を言い医者に連れていっても何でもないの繰り返しで、2年経ってわたしが欝病になりました。
今はサ高住に入居しています。夫と妹の判断です。歩行は不自由ですが要支援で頭はしっかりしています。義母は家でも十分暮らせる状態ですが、私の欝病がまだ回復しないので、毎日葛藤の日々です。

現在90歳の義母をサ高住に入所させかれこれ2年。一人暮らしは限界、かといって同居は物理的に無理でした。当初は絶対嫌!と言って拒んでいましたが、今ではスタッフの方が良くしてくれ、今が一番幸せといっています。ただ費用負担が大変で、年金は義父の遺族年金が月4万しかなく、蓄えはゼロ。今までは2人のボーナスは全て入居費に当て、何とかしてきましたが夫が定年になり、ボーナスが無くなり、この先貯金を取り崩してまでも負担し続けたら私達が破綻します。生活保護も検討していますが、先の見えないない介護不安は募る一方です。

 

 

今年、80になる母がおります。自宅で介護をしてきましたが、手に負えなくなり、特養に入所させることが出来ました。母を背負って橋から飛び降りるか、自分が電車に飛び込むかくらいの精神状態になりました。無理をすれば2人ともつぶれてしまいます。自分も家族もつぶれてしまいます。
 残念で悔しい気持ちは十分わかりますが、残りの人生の時間が多い人間を優先すべきです。施設に預けるべきだと思います。

介護の大変さはやったことある人にしか分からない。
施設に預けて、頻繁に面会に行くのが、お互いにとっていいと思う。

長年長男夫婦と同居をしていた叔母96歳が、「もう嫁が可哀想だから、施設に入れて欲しい。一人で部屋にいるのも寂しい」といって、高齢者施設へ入りました。面会に行くと、いつもデイルームに車いすに座り他の入所者さんと一緒に過ごして見えます。日課がきちんとあって、リクレーションの時間や水分とおやつの時間もあります。でも、叔母は車いすでいつもうたた寝をしています。ベッドで、横にならせてあげたいけれど、勝手なことはできないし、ちょと辛い気持ちになります。でも、お母様お幸せですよ。定期的に面会に行かれたり、家族での食事会を開いたり。私からすれば、とても羨ましい。

施設に入れれば安泰ってもんじゃない難題が襲ってくるのが介護。
施設入居高齢者の脳梗塞診断時の受入先医療施設および待ち期間の対応方法等についてである。 実家から離れて働く人は多く、親が認知症対応グループホームに入居していたが、脳梗塞を患い緊急点滴治療。完治して退院できれば良いのですが、物を食べられずチューブ対応となるため退院後は元の施設に戻れないどころか専門医療施設への転院先の確保が満杯状態のため出来ない状態。実家に戻す方法しかないが、遠方で働く人としては、仮に介護離職したとしても医療行為であるチューブ対応を1個人レベルでは対処困難。このようなケースの方も少なくないと思いますが、対処策が無い。退院は1週間後、長くて2週間。一刻も早い目処を立てる必要があるし、現グループホームからも退去を急がされる。
このケースはこれから大幅に増えてくると予想するが、政府の対応は絶望的だろう。

なんだか辛くて悲しい話のように書かれててその流れに乗ってしまいそうになったけど
よく考えたらこれは羨ましいレベルのお話

まず80代後半まではご夫婦元気で暮らせていた事
認知症の症状が悪化する前に施設に入りれた事
区の施設に入れた事
そしてその施設が実家から近く頻繁に通える事
同じ認知症の方やその家族のケースの中では比較的辛さの少ない部類だと思います

祖母が同じように骨折して外出が思うようにできなくなって認知症になり昨年お別れしました
年齢も同じくらい
肺炎になってやむを得ない状況になるまで自宅にいました
叔母が介護をしていましたけど最後の数年は自分が誰だか介護してくれてるのは誰なのかもわからない状態
弱音吐かないけど相当辛かったと思います

在宅は大変だよね。よほどの覚悟があっても途中でくじけることも多い。金銭に余裕があるなら施設もありだと思う。施設だからネガティブなイメージは持たないで欲しいかな。事件が続いているからなんとも言えないけどね…。

 

 

 

 

 

 

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須田哲夫アナ 葛藤で真相を暴露?認知症の介護のベストな形とは?のまとめ

フジテレビの須田哲夫アナウンサーの認知症の母親は、特別養護老人ホームに入っているようです。

「これがベストだとはおもっていない。どうすればいいのか、いま探っている」という須田さんの言葉に、ネットではたくさんの反響がありました。

ホームで何不自由なく暮らしているようでも、これで家族なのか?ここが自宅なのか?という介護側の葛藤を、須田さんは語られました。

しかし認知症で高齢の場合、自宅で介護するのは本当に大変ですね。

介護をするたくさんの人たちから、須田さんに共感の声が送られたようです。

 

 

 

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