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真紅の翼 伝説の飛行機の真相は?世界一の機体が眠る羽田の伝説!

真紅の翼 伝説の飛行機が注目されています

第二次世界大戦後、空港内にあった飛行機や武器などは羽田空港の敷地内で廃棄されました。

無着陸での飛行距離と、飛行時の速度において、当時の世界記録を誇っていた航空研究所試作長距離機、通称「真紅の翼」も空港の「鴨池」に投棄され埋め立てられました。

伝説の飛行機「真紅の翼」は今も、滑走路の下で飛行機を見ているのでしょうか。

 

真紅の翼 伝説の飛行機の真相は?世界一の機体が眠る羽田の伝説!

1945年第二次世界大戦の終焉、当時羽田空港は軍事拠点として利用され、空港内には数十機の航空機や、大量の兵器などが保管されていました。

終戦後、空港内にあった飛行機や武器などは羽田空港の敷地内で廃棄されました。

当時の世界記録を誇っていた航空研究所試作長距離機、通称「真紅の翼」も空港の「鴨池」に投棄され埋め立てられました。

当時の日本の技術は素晴らしいものだったという証拠ですが、もう二度とその姿を見られないのは残念ですね。

羽田に行くと、思い出す人も少なくないようです。

 

 
 
 
 
 
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羽田空港、昼下がりの風景(^^) #羽田空港国際線ターミナル #tiatloungeannex #deltaairlines

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今では平和な羽田空港ですが、戦時中は軍事拠点とされていました。

そのため、羽田には数々の伝説があることは有名ですね。

 

 

 

 

 

真紅の翼 伝説の飛行機の報道の詳細

今回の報道の詳細はこちらです。

 羽田空港は、国内で最も利用者数の多い空港だ。’17年度の乗降客者数はのべ8567万9637人。一日の離着陸数はおよそ1200回にもおよぶ。

 フライトの出発点でもあり、終着点でもあるのが滑走路だ。実は、羽田空港の滑走路の地下には、かつて飛ぶことを許されなかった「悲運の飛行機たち」が埋まっているという。つまり、飛行機の上を飛行機が走っているのだ。なぜ、この妙な状況が誕生したのか。

 時は1945年、第二次世界大戦の終焉まで遡る。当時羽田空港は、軍事拠点として利用されていた。空港内には数十機の航空機や、大量の兵器などが保管されていた。

 終戦後、GHQにより日本国内における航空機の製造・研究は全面的に禁止された。その結果、航空機関連の資料はすべて没収され、空港内にあった飛行機や武器などは、そのまま羽田空港の敷地内で廃棄された。

 当時、空港の傍らには「鴨池」という池があった。ほとんどの航空機はこの池に投棄され、埋め立てられたという。

 この鴨池の位置していた地点こそが、現在羽田空港の滑走路になっているのだ。以来、「飛行機の上を飛行機が走る」状況が続いている。

 ちなみに、地中にある機体の中には、非常に貴重なものもある。それが航空研究所試作長距離機、通称「真紅の翼」である。

 実はこの機体、無着陸での飛行距離と、飛行時の速度において、当時の世界記録を誇っていた。国産の機体が「世界一」だったのは、後にも先にもこの時だけだ。

 その名の通り両翼は赤く塗られており、鮮やかな外見が人気を集めた。1939年には、その姿が描かれた郵便普通切手が制作されている。

 だが、羽田空港にとどめ置かれていたこの機体もまた、GHQによる容赦ないスクラップの対象だった。現在は機体の現物は残されておらず、レプリカが一つ保存されているのみだ。

 せわしなく離着陸を繰り返す滑走路の下で、伝説の機体は今日も、「後輩」たちの飛び立つ姿を見守っているのかもしれない。(森)

出展:https://headlines.yahoo.co.jp

報道の内容を簡単にまとめると

  •  羽田空港の’17年度の乗降客者数はのべ8567万9637人、一日の離着陸数はおよそ1200回。
  •  1945年第二次世界大戦の終焉、当時羽田空港は軍事拠点として利用され、空港内には数十機の航空機や、大量の兵器などが保管されていた。
  •  終戦後、GHQにより日本国内における航空機の製造・研究は全面的に禁止。空港内にあった飛行機や武器などは羽田空港の敷地内で廃棄。
  •  無着陸での飛行距離と、飛行時の速度において、当時の世界記録を誇っていた航空研究所試作長距離機、通称「真紅の翼」も空港の「鴨池」に投棄され埋め立てられた。

のようですね。

 

 

 

 

 

真紅の翼 伝説の飛行機の画像や動画は?

真紅の翼 伝説の飛行機の画像や動画を掲載しておきます。

レプリカを見ると、確かに翼が真紅ですね。

世界一の飛行距離と速度というのは、すごい記録ですね。

本当に当時の日本人の技術力はすごいものだったと思います。

真紅の翼 伝説の飛行機にネットの反応は?

ネットの反応を集めてみました。

 

もう掘り起こす事は出来ない場所だなぁ。
恐らく当時の英知を集めた情熱の塊が埋まってるのかと思うと、複雑な気持ちになる。
そして、そんな事が有ったことすら知らなかった。

何百年後かわからないけど、発見されることが有るかも知れないときの為に、資料だけでも後生に残しておいて欲しいな。

同じ様に、場所は何処だったか忘れてしまいましたが、モーターショーが開かれる埋立地はスクラップに成った車達の鉄屑が埋められているとか・・・
当時は、十年経ったら車検が一年毎になる制度で、まだまだ充分な位走る車が可哀想にどんどん廃車に成ってしまう時代

この「航研機」は1938年、東大が開発・運用して、関東平野に設けられた三角コースを62時間ほど飛び、周回航続距離10651kmの世界公認記録を作った。
 「航研機」の成功の前年、朝日新聞の神風号が、羽田=ロンドン間の往復親善飛行に成功し、都市間連絡飛行の国際速度記録を作った。のちに事故を起こし、外観だけ修理して展示されていたが、やはり米軍が破壊した。
 航研機の2年後、毎日新聞のニッポン号が世界一周に成功したが、やはり敗戦時に米軍に壊された。
 いずれも法的には民間機で、記事のように「軍用機と見なされ」たとするのはやや疑問がある。3機とも、戦前の日本人の誇りだった。戦勝国としては、跡形もなく消してしまいたかったのだろう。

羽田空港に勤務して数十年だが、その話しは知らなかった、確かに旧空港時代は事故が多発した空港だが、それも原因だったのかね?旧滑走路に出た幽霊、夜中に羽田沖に飛ぶB727のシルエットは結構みたが、それは事故で亡くなった方々だろうけど。

海辺の地下への埋め立てでは、残念だけど腐食が進んでいるだろう。
場所柄、何年先になるか判らない発掘では、多分資料性も失われている危険性が有る。
埋められて空気が遮断されているだろうけど、土壌塩分は多いだろうし燃やされたりしていては腐食も激しいだろう。
無造作に積み重ねられては、機体個体の分類も難しい。
その場所を聖地として、後世に伝えて行くのが一番だし、現存資料を閲覧出来る博物館を羽田空港内に作るべきだ。

残念だけど溶けてなくなっちゃっていると思う。
当時の日本は軽合金の防食まともに出来なかったから。
基礎インフラ未熟で電気処理では陽極酸化被膜もできず(できても煮沸アルマイト)手の届く範囲に青竹塗るのがせいぜいだったし、開戦後は資材枯渇でジュラ板に鋼製リベットを打つなんてことまでしてたし。
雨に当たるだけで電食が進み数か月でガタガタになる始末の飛行機。
日本に戻ったばかりに寿命を削った四式戦の例もあるし。

 

 

なんだか…うん。悲しい話ですね。
羽田でそんなことがあったなんて知らなかったです。

少しばかり、宗教的な話ですが。
(興味ない人は引き返してね)

神様は、神様になる条件が最低三つあります。
その第1条件は、「既に亡くなっていること」です。
だから、神様も亡くなった人も、単位は同じで、一柱、二柱と読みます。
そして、神様として祀られる為の逸話(ご神徳の元になる話)と、生前から有名であることの三つの条件を満たすと、神様の候補になります。

飛行機を擬人化じゃないですけれど、今この真紅の飛行機は、神様になる条件を満たしたのかな…なんてことを、考えました。

羽田を使う時は、ここに真紅の飛行機をはじめとした沢山の飛行機が眠っていることを想います。

この記事は取材不足に感じる。実際に、航研機は当時の羽田空港内の格納庫に保存されていたが、バラバラになった状態で検査、研究が行われていた。だから機体まるごと沈められている可能性は極めて低い。
羽田の地盤は通年地下水位が意外と高く、数年前に掘り出された航空機エンジンも、ほとんど錆や劣化が発生していなかった。干し出した瞬間から錆が出始めたが、今は成田空港近くの博物館で綺麗に保存復元が行われている。

土建屋の話だと羽田空港の下にターミナル拡張で役目を終えたモノレールの駅が埋められてるそうだ。飛行機の話は初耳で見てみたいけど、昔聞いた鳥居の話みたいに手をつけない方が良さそうかも。

そんな事があったなんて知りませんでした。
他にコメントをしている方で詳しい方もいらっしゃるようですし勉強になります。
古い乗り物が眠っているのは海だけじゃ無いんですね。
住んでいるところの近くだと旧真鶴駅が海に沈んでてそこがダイビングスポットになっているんですけど、世界には海や地中には巨大なものがたくさん眠っているんだろうなと思うとちょっとロマンを感じます。

名古屋港沖には零戦の後継機「烈風」が今も眠っているらしいが、
堤防の下にあるのでこちらも確認引き揚げは二度とできないらしい。

記事の文章だけでなく、レプリカ機でも構わないので写真やデータを掲載してもらいたい、週刊現代さん。

その当時の飛行機からしたら、今の飛行機は飛躍的な進歩を遂げたと思う。後輩たちの安全な活躍を見守って欲しいですね。

 

 

 

 

 

 

真紅の翼 伝説の飛行機の真相は?世界一の機体が眠る羽田の伝説!のまとめ

第二次世界大戦後、空港内にあった飛行機や武器などは羽田空港の敷地内で廃棄され、当時の世界記録を誇っていた航空研究所試作長距離機、通称「真紅の翼」も埋められたということです。

羽田空港には、いろんなものが埋まっていて、伝説がたくさんあるようですね。

羽田に行くと、思い出す人もいるようです。

知らなかった人は、これから滑走路の下の真紅の翼を想像して、ロマンを感じてみようと思ったようですね。