長谷川町子 作品発見!どんな?終戦直後の漫画見つかる 「サザエさん」連載前!

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『サザエさん』の作者・長谷川町子さん(1920~92)の戦後初のマンガ作品とみられる6コマ漫画が見つかったそうです。

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長谷川町子 作品発見!どんな?終戦直後の漫画見つかる 「サザエさん」連載前!

長谷川町子さんの『サザエさん』以前の作品、終戦直後の貴重な作品が見つかったのですね。

サザエさんの中では、ふつうの日常生活が描かれていますが、こうやって終戦直後のマンガが出てくると、本当に大変な時代を経て『サザエさん』は生まれたのだなぁと、しみじみ感じますね。

長谷川町子さんも、間違いなくあの戦争の真っただ中を生きていたのだと、あらためて思い知らされます。

戦後の食糧難の時代に、たくましく生きる一般市民の姿を、悲惨な形で描くのではなく、前向きにエネルギッシュに、明るく描いているところが『サザエさん』の世界にも通じていますね。

戦時中は、自分の描きたいものを描くということが出来なかった長谷川さんが、どんな思いを込めてこの作品を描いたのでしょうね。戦争に負けた悲しみもあったでしょうが、それよりも戦争から解放されて自由に描きたいものが描ける時代になったという喜びもあったのかもしれませんね。

こんな時代に生まれた作品を、こうやって何十年もたってから、平和な時代に生きてきた私たちが読み返すことには、きっと大きな意味があるようにも感じます。

長谷川町子 作品発見 の報道詳細

国民的漫画「サザエさん」の作者で、福岡市と縁の深い故長谷川町子さん(1920~92)の戦後初の漫画作品とみられる6こま漫画が見つかった。雑誌「青年技師」の45年9月号に収録されており、福岡市博物館の有馬学館長が発見。長谷川さんは翌年4月にサザエさんの連載を始めたが、終戦から開始までの資料は少なく、サザエさん誕生の過程を知る上で貴重な資料になりそうだ。

青年技師は西日本新聞社が発行し、45年7月号と9月号がある。6こま漫画は表紙裏側の掲載。1こま目は少年2人が敗戦で泣いているが、2こま目で一転し「サア! ガンバルゾッ」の掛け声。少年たちは、生活衛生向上のためにゴミ箱作りと、子どもの遊び場整備のためのくい打ちを競う。

 

出展:https://headlines.yahoo.co.jp

長谷川町子さんは、大正9年(1920年)生まれ。日本初の女性プロ漫画家です。主な作品には『サザエさん』『いじわるばあさん』『エプロンおばさん』などがあります。

1939年に初連載作品を発表して、女性漫画家としての地位を確立。戦中は、福岡の知人の勧めで福岡市に一家で疎開し、西日本新聞社に絵画部の校閲係として勤務しました。

『サザエさん』は、1946年から新聞連載が始まった4コマ漫画でした。西日本新聞社から独立したフクニチ新聞社が、地方新聞「夕刊フクニチ」誌上での連載を依頼したものです。

それから70年以上たった今日でも、日本人なら誰でも知っているマンガになった『サザエさん』は、まさに国民的作品です。

平和になったといっても、まだまだ日本社会も政界情勢も問題山積のこの世の中で、戦争を生き抜いた長谷川町子さんが描いた『サザエさん』や、今回見つかった作品から、わたしたちが学ばなければいけないものがきっとあるような気がしますね。

長谷川町子 作品発見 のネットの反応は?

ネットの反応を集めてみました。

最近のアニメのサザエさんは何でもすぐにカツオのせいにしたりするから嫌になって、見なくなっちゃったな…。
やっぱり漫画は変わらずのが良いな。

 

●サザエさんは朝日新聞で連載していた漫画なのに、どうしてアニメは産経グループのフジテレビなのでしょうか?原作の権利は朝日新聞と産経のどちらにあるのですか?

 

●そういえばサザエさんで思い出したけど、中学生だった頃サザエさんの漫画を読んだ時何らかの事故で亡くなった人の遺族の方々にマスコミが取材している場面がTVに流れてカツオ君達が酷く怒っているという内容だった。長谷川先生ってちゃんとマスコミの酷さを理解していたんだなと思った。

 

●まだまだありそう。再来年の生誕100年に何が出るかな?

 

●これは貴重だ…(゜Д゜)

 

●タイトルが目を惹く。横書きでも右から左に書いていたんだね。

 

●九州の西新(にしじん)って、サザエさん発案の地なんだって(*’▽’*)♪このあたりに長谷川町子さんが住んでたらしいd(≧▽≦*)

 

●サザエさんは本来「昔の日本の良き模範」的な旧態依然賛美とは相いれない作品だと思う。長谷川町子の漫画版を読むと、それこそフリテン君みたいなシニカルなブラックユーモアであることに誰でも気づける。

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